「ああ、情けない」
男は一人、立て札の前で泣いていた。
「大丈夫たるもの滅多なことで泣くではない。このような街中で恥ずかしくはないのか?」
男は声のする方を見向きもせずに言った。
「天下が大事なことになっているのに私は一体何をしているのか? 『人の為に働け』亡き母は私にそう言っていた。だのに私がやっていることはなんだ?薪を拾い、蓆を編み、たまに酒を飲んでは博打で小銭をすってしまう・・・見よこの立て札を。沢山の人が人々の安寧を思い戦っているのだ。今戦わずしていつ戦う?私はこのまま穀を潰しながら朽ち果てるのを待っているだけの男なのか?」
男は肩を震わせ、絞るような声を出した。
「私は戦う。天下泰平のために戦う。この義勇兵に応募しようと思うのだ」
そう言うとようやく振り返った男の目に、大柄な赤ら顔の男が映った。見事な髭をたくわえ、上背は優に2mは超えるであろう。
「よければそなたも共に行かぬか?見れば腕に自信がありそうではないか」
「・・・」
赤ら顔の男が何かを言おうとするとまるで雷のような声が鳴り響いた。
「おうおう、その話乗ったぜ!」
2人が声のする方を向くと、豹のような顔に虎のような髭を蓄えた大男がノッシノッシと歩み寄ってきた。
「お主、張翼徳だな?」
赤ら顔の男を嘗め回すように見ると、張翼徳は雷のような大声で答えた。
「おうよ!涿県一の力持ち張翼徳様たぁ俺のことよ!お前関羽だろ?色々と噂は聞いてるぜ」
「・・・」
「お前さん相当強いらしいな。一度腕試しをしたいと思っていたところなんだ」
そういうと張翼徳は関羽に飛びかかろうとした。関羽もそれに応ずる構えを見せたが
「よさぬか、力を向ける相手が違う!」
という声に2人は耳を傾けた。無視をしてもよかったのだが、なぜかこの人物の話は聞かなければならないと感じたのだ。
「お主達には力がある。その力をつまらぬ喧嘩に使うつもりか?そのような力を持っているならば、それを人々の安寧の為に使うべきではないか?」
「・・・御仁、名はなんと?」
「我が名は劉備玄徳」
「劉・・・あなたは漢王室の・・・」
「なぁに畏まってやがんだ関羽。でかい図体してる癖に」
「言葉をつつしまぬか張飛、このお方は王室の血を引いていらっしゃるのだぞ」
「やや、そいつぁ失礼した。俺ぁ馬鹿だからあんまりそういうのわからなくてな」
「いやいや、今はただの穀潰しに過ぎない。先祖は中山王の劉勝様なのだが、今は見ての通り落ちぶれてしまった。敬われるような人間では私はない」
「ただ、志は失ってはいないようだ」
関羽の言葉に劉備は静かに頷いた。
「難しい話はいい、とにかく暴れている黄巾賊の連中をぶっ飛ばしゃあいいんだろ? そうとなったら酒だ酒!酒を飲もうぜ」
3人は大いに酒を飲み、将来について語りあかした。
「よし、俺たちはもう義兄弟だ。劉備の兄者が長男、関羽の兄貴が次男、俺が末っ子になる訳だな。こりゃ愉快だ。そうだ、この店の裏に桃園がある。そこで契を結ぼう」
「うむ。私にも異存はない。そうと決まれば少し準備がある。明日の昼に桃園で落ち合おう」
そういうと関羽は店を出て、その場は一度解散になった。
劉備が桃園に到着するとそこには立派な馬が用意され、祭壇が整っていた。
「これは重い、たまらん」
そういって3人の男が矛を運んでいた。
「この蛇矛は点鋼矛と言ってな、並の人間には重くて扱えぬ。腕に自信のある者ならばと思うのだがどうだろう?」
関羽は片目をつむり張飛を見た。張飛は男たちから矛を取り上げると片手でひょいと持ち上げた。
「ガハハ、こいつぁいいや」
「兄者にはこちらの剣がよいかと思います。雌雄一対となっていて、必ずや御身を守ってくれましょうぞ」
「うむ。有難い。して関羽は?」
「私はこちらを」
そういうと先ほどの男たちより1人多い4人の男たちが立派な青龍偃月刀を持ってきた。関羽はそれを片手で持ち上げると軽々と振り回し、柄で床を突いた。
「これは冷艶鋸と申しましてな。点鋼矛ほどではございませぬが逸品でして、某はこれを使おうと思いまする」
「よろしい。では、我ら3人、生まれた日は違えども兄弟の契りを結び、心を同じくして互いに助け合わん。困窮する者は助け、上は国家に報い、下は民を安んずることを誓う。そして死す時は同じ年、同じ月、同じ日を願わん。皇天后土よ、実にこの心を鑑みよ。義に背き恩を忘るれば、天人共に戮すべし。」
こうして3人は義兄弟の契りを交わし、集まった義勇兵と共に幽州太守劉焉へと向かっていったのであった。
後にこの3人が中華全体を巻き込む騒乱に身をゆだねることになるとは、この時はまだ誰も知らないのであった。