前夜祭

今日は非常にあっさりと終わりたいと思う。

別に毎日ブログを書かなくてもいいのだけど、開設以来100日以上継続しているので、ある意味そのための記事でも書こうかなと。

 今、とても長い記事を書いている。

まだ書き終わっていないが、すでに55000字を越えてしまっており、下手すると60000文字をこえるかも知れない。

公開は明日の午前10時だとずいぶん前から決めている。

書き始めたのは4月の1日からで、実はこのブログを始める前からずっとやりたいと思っていた企画だ。

結果がどのように出るかはわからない。

何かを書いて、それがどのような結果をもたらすかは誰にもわからないことなのだ。

誰も読んでいないと思っていたブログが実は沢山の人に読まれていたり、結構いけたかなと思う記事が全然反響なかったり、逆に反響を受けたり。

このブログは2018年12月28日に始まった。

もうすぐ4か月になる。

2019年の常識は例えば2017年と違うし、2015年とも違う。

ウェブにおける常識が変わる速度が速すぎる。

2015年頃は、1記事は最低1000文字と言われていて、1000文字「も」という反応だった。長文は有利で、とにかく記事を書けという言葉が流行っていたし、書けばとりあえず結果が出た面もあった。

質よりも量、とにかく量で押せばなんとかなる。そんな時代が終わりを告げたのが2017年頃であろうか。

この数年で、ウェブサイト運営者は爆発的に増えた。ある代理店の話では、月に1000人は登録者が増えているということだ。

ウェブの世界は基本的に椅子取りゲームだ。

どれだけハテブでバズっても、どれだけSNSで拡散されても、検索エンジンからの流入がなければどうしようもない。そもそもそんなバズる記事を何本も書ける人はほとんどいない。

検索エンジン側の負荷も日々増えている。検索エンジンはその運営のために莫大な費用がかかってしまっており、新規の記事などを評価する速度は各段に遅くなった。

「3か月で100記事書け」というのはもはや過去の話であろう。

悲しい現実ではあるが、世に出る記事のほとんどが誰にも読まれずにその姿を消す。

そしてブログを始めた人間のうち、9割は1年以内にやめる。

期待が大きければ大きいほど辞めやすい。

そこに群がるハイエナのような連中も非常に目立つ。

書くということ

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何のために文字を書くのだろうか?

人によって全然その目的は違うだろう。

スティーグ・ラーソンという作家がいる。

「ミレニアム」シリーズを書いた人で、全世界で4000万部売れた。

でも彼はそれを見ることなく死んだ。

ミレニアムを書き終え、出版される前に死んだのだ。

作家は、デビューする前には下手をすると誰にも読まれない文字を書く。それも何十万文字も。

ソルジェニーツェンという作家がいる。

彼はソ連に生まれ、強制収容所に入れられ、唯一の楽しみは書くことだった。

しかし書いたものを誰にも見せることが出来なかった。

やがて独裁者が死に、それを人に見せると出版することになった。

本は、ベストセラーとなり世界中の人が読むようになった。

ソルジェニーツェンにとって、書くことそのものが救いだったのだと思う。それゆえに彼の文章は輝きを持つのだ。

輝きを持った文章を読むのは心地が良い。

自分にもいつかそんな文章を書ける日がやってくるだろうか?

これから、俺は全力で記事を書く。これ以上の記事は書けないという記事を。

公開は4月20日土曜日の午前10時

これから、徹夜になってでも仕上げるから、長いけど皆読んでくれよな!