キング牧師(マーティン・ルーサー・キング・ジュニア)の偉大な生涯について~私には夢がある(I have a dream)~

世界史上で最も偉大な人物は誰か?ということを考えた時、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアことキング牧師の名は外せないであろう。

マルティン・ルターの名前を付けられた

キング牧師は、1929年ジョージア州で生まれた。

ジョージア州は別名ディープサウスとも言われ、アメリカ合衆国の中でも特に黒人差別の激しい地域であった。

19世紀後半、リンカーン率いるアメリカ合衆国は奴隷解放宣言を出し、南部のアメリカ連合国を破りアメリカを統一した。しかし旧連合国領内においては黒人差別は根強く、KKK(カー・クラックス・クラン)のような人種差別団体が支持を集めるような有様であったという。

キング牧師の父マイケルもまた牧師であった。彼は息子に同じ名前を付け、後に息子と共にマルティン・ルターと改名した。16世紀半ばに宗教改革を起こした人物の名である。マルティン・ルターを英語読みするとマーティン・ルーサーになる。ルターは宗教改革を起こし、キング牧師もまたアメリカで革命的な活躍をすることになる。

人種差別への怒り

キング牧師には幼い頃白人の友達がいた。6歳になるまで一緒に遊んでいたが、ある時その友達の母親がこう宣言した。

「うちの子は黒人とは遊ばせません」

キング牧師が受けた最初の差別だった。

キング牧師が受ける差別は年齢を重ねるごとに増えて行った。

やがてキング牧師はジョージア州にあるモアハウス大学に入り、父と同じように牧師になるべく神学を修めて行った。その過程でマハトマ・ガンディーの非暴力主義に触れ、その思想に大きく影響を受けたという。

キング牧師は非常に優秀な人物で、最終的には名門ボストン大学で博士号を取得するに至る。

この頃に生涯の伴侶となるコレッタと出会い、またボストンは北部にあったため、自分に対して差別的な態度をとった白人が逮捕されるのを目の当たりにし、差別とは当然のことではないと学ぶようになる。

アメリカ合衆国は連邦制を採用しており、法律などは各州で決められているため、北部では黒人差別を禁止する法律が次々と定められたのに対し、南部ではジム・クロウ法と呼ばれる人種差別的立法が当然のように為されていた。

バス・ボイコット事件

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南部諸州の1つであるアラバマ州モントゴメリーにて、歴史に名高いローザ・パークス事件が起こった。

これはローザ・パークスという女性が白人にバスの席を譲らなかったために逮捕されたという事件であり、黒人差別を体現した事件であった。

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当時モントゴメリーの教会で牧師をしていたキングはこれに対し猛然と抗議をした。彼はモントゴメリーに住む黒人にバスをボイコットするよう呼びかけた。

当時バスの利用者の多数は黒人であり、この運動は大変な成功を呼び寄せた。

ボイコット運動を受け、アメリカの連邦裁判所はバス車内における人種隔離政策を違憲であると断じたのだ。

公民権運動とワシントン大行進

時代は大きなうねりを迎えた。

モントゴメリーでの出来事は合衆国内に住む黒人を大いに勇気づけ、そのうねりは全土に広がっていった。

キング牧師は南部諸州を回り抗議運動を展開していった。その過程で逮捕されたり暗殺されかけたりしたが、キング牧師が怯むことはなかった。

ガンディーに影響を受けたキングは決して暴力をふるうことはなく、どれだけ暴力を振るわれても抵抗をしなかった。

キングの姿は連日マスメディアで報道され、アメリカ合衆国の世論に大きな影響を与えた。

キング牧師を中心としたこの抗議運動は、後の世では公民権運動と呼ばれるようになる。

そして1963年8月28日、リンカーン大統領による奴隷解放宣言からちょうど100年が経った時、黒人たちはワシントンを目指した。

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この日、ワシントンには25万人もの人々が集まってきた。中にはボブ・ディランやマロン・ブランドなどの白人の姿も見られた。

全米が、差別撤廃に向けて動き出したのだ。

そしてその聴衆に向けて、キング牧師はこう言った。

「私には夢がある(I have a dream)」

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キングは続けた。

「いつかジョージアの赤い丘で、奴隷として使われていた者の子供と使っていた子供が同じテーブルに着くことだ」

演説を聞いた時の大統領リンドン・ジョンソンのもとついに黒人差別を撤廃するための法律、公民権法が制定された。

1964年にはキング牧師に対しノーベル平和賞が授与されるに至る。

そして暗殺へ

1968年4月4日、キング牧師はジェームズ・アール・レイという白人男性によって暗殺された。

暗殺の前日、キング牧師は以下のような演説をしている。

皆さんと同じように、私も長生きがしたい。
長生きをするのも悪くないが、今の私にはどうでもいいのです。
神の意志を実現したいだけです。
神は私が山に登るのを許され、
私は頂上から約束の地を見たのです。
私は皆さんと一緒に行けないかもしれないが、
ひとつの民として私たちはきっと約束の地に到達するでしょう。

キング牧師は己の死期を知っていたのかも知れない。

己の死を恐れずに信念を貫きとおせる人間は、果たしてどれぐらいいるだろうか?

キング牧師の命は既にないが、その魂は後の多くの人間の内側に宿っている。