三国志
三国志、好きか? 俺は好きだぜ! もはや好きを通り越して人生の一部になっていると言っても過言ではないかも知れない。 三国志、それは人類が生み出した最高の物語。 小学校低学年の時初めて買ってもらったスーパーファミコン。一緒に買ってもらったのはス…
三国志とは元来魏の建国から始まり晋が再び中国を統一するまでの期間をさす歴史である。 しかし三国志演義をはじめ三国志の始まりは184年に起きた黄巾の乱からであり、魏の建国は実質的な三国志演義の終わりを示す。 曹操が死に、曹丕が魏国皇帝となったのが…
もし三国志不人気投票を行ったら多分司馬懿はトップになるだろう。 あれだけの英傑達がしのぎを削って戦ったのに、最終的に笑ったのは司馬懿であったからだ。しかもそのやり口は陰険極まりないと言って良く、中国の歴代歴史家からもすこぶる評判が悪い。 し…
三国志には実に500人もの登場人物が出てくる。 ではその中でもっとも登場回数が多いのは誰であろうか? 三国志演義においてはやはり主人公の劉備玄徳であろうが、それに次ぐのが実は曹操配下の楽進である。
家族を全て失ってしまった馬超にとって、馬岱は最後に残った家族であった。 人材不足であった蜀をささえ、孔明のもとで活躍した名将馬岱について見て行こう。
数多の英雄を輩出し、人々を魅了し続けている三国志の時代にあって、かなりの勢力を築き上げたのが荊州の州牧である劉表景升という男である。
「錦馬超」と呼ばれ派手なイメージの強い馬超であるが、実際の歴史である正史三国志と史実をもとに作られた三国志演義で最もキャラクターに差異がある人物と言えるかも知れない。 今回は神威将軍と呼ばれた馬超孟起の激しい人生について見て行こう。
「呉下の阿蒙」と呼ばれ馬鹿にされていた少年時代から後に三国が一国呉の大都督まで昇り詰めた呂蒙。 「男子、三日会わざれば刮目(かつもく)して見よ」や「虎穴に入らずんば虎児を得ず」などの故事のモデルともなった人物で、関羽ファンからは嫌われてしま…
三国志一のイケメンとして特に女性人気の高い美周朗こと周瑜。 音楽にも精通しており、酔った状態でも音楽家が半音ずれただけでそれがわかるほどであり、同年の君主であり義兄弟でもある孫策とのイケメンコンビは有名だ。
女性に人気の三国志のキャラクター部門があったら周瑜と並んでトップ争いをするだろう人物が呉の初代皇帝である孫権の兄である孫策であろう。 歴史書に容姿端麗と書かれたイケメンで、同じくイケメンの周瑜こと美周郎と義兄弟で、共に大喬・小喬という美人姉…
三国志最強の軍師は誰か? この問に答えるのは難しい。 光栄のゲームなどでは諸葛亮孔明だけが知力100となっているが、曹操に仕えた郭嘉もまた同等の能力を持つ軍師の1人だと言えるだろう。 郭嘉は曹操陣営には珍しく、演義でも正史でもほぼ差のない活躍をし…
三国志の中でも特に俺が好きなキャラクターの1人であるのが諸葛亮孔明、龐統に次ぐ劉備陣営第三の軍師である徐庶元直だ。 今回はそんな徐庶の話。
人材コレクターの異名をとる曹操配下の中でも、張遼や張郃と共に5将軍と言われるほどの活躍をしたのが徐晃という人物だ。
歴史上の人物で、曹操ほど熱心に人材をリクルートした英傑はいないだろう。 「人財」などという言葉が日本の企業で叫ばれることがあるが、人はすなわち国家であり、国家はすなわち人である。 曹操はそれをよく知っていた。 黄巾の乱以降、必ずしも有利とは言…
「泣く子も黙る!」という表現があるが、三国志の登場人物の中でその名を聞くと泣いている赤ん坊でさえも泣き止むと言われたのが魏の武将「張遼」だ。 張遼、字は文遠、まさに怪物と呼ぶにふさわしい彼の活躍を見てみよう。
AKBみたいに三国志キャラクター人気総選挙をやったら趙雲はかなり上位に入るだろう。 女性人気なら周瑜、男性人気なら呂布、その両方に好かれるのが趙雲や諸葛亮と言う気がする。
三国志における主役の1人と言っても過言でないのが関羽雲長の存在だ。 劉備達桃園三兄弟の次兄で、三国志の登場人物の中でも神様になったのは関羽だけ! 日本の横浜中華街にも「関帝廟」という関羽を祭る廟があるぐらいで、500人以上が登場すると言われる三…
正史をベースとした漫画「蒼天航路」では夏侯惇、夏侯淵、曹仁とともに四天王という綽名がついている曹洪だが、三国志演義をベースとした横山光輝「三国志」を始め他の話ではあまり活躍がない。 実際には軍事上の要職である驃騎将軍の位に任命されるほどで、…
日本人がよく知る三国志は明代に羅漢中という人物が書いた「三国志演義」をベースにしている場合が多く、これは陳寿の書いた「三国志」をもとにして作られた創作である。 三国志演義は劉備玄徳を主人公とする勧善懲悪もので、懲らしめられる悪はライヴァルの…
その実力の高さは認められながら裏切り者のイメージの強い魏延 その実態はどのようなものだったのか? 今回は反骨の相を持つ魏延についてくわしく見ていこう!
黄忠のイメージは一言でいうと老いてるのに強い!に集約されるだろう。 「老当益荘(おいてますますさかん)」の言葉通り登場した時には老人で、でも蜀が建国された時には五虎将軍に任命されて、曹操の従弟である魏の名将夏侯淵を打ち取る活躍を見せている。
関羽や張飛が束になっても敵わなかった武将が1人だけいる。 燃えるような赤い色の馬に乗り、方天画戟を自在に操る三国志最強の武将呂布だ。 圧倒的な強さを持ちながらついぞ天下を取れなかった男の生きざまを今回は見て行こう。
優秀な人物の多かった曹操陣営の中でも特に優秀だったのが荀彧と荀攸の2人であろう。 荀彧は荀攸の従子だが、荀攸の方が6歳上で、ともに漢の名門荀家の出身である。
曹操は元々楚漢戦争の際に活躍した夏侯嬰の子孫で、父の代に後漢の有力者であった宦官曹騰の養子となった。 夏侯惇はそれゆえ曹操の従弟にあたり、曹操の最も信頼している部下で、漫画「蒼天航路」などでは曹操四天王として大活躍をしている。 今回は隻眼の…
蜀は3国の中でも特に勢力が小さかった。 人口も領土も人材も、全てが足りていない蜀を支えた武将の中に、呉蘭という名の人物がいた。
三国志に出てくる登場人物の中には、主君に忠誠を誓うあまり決して相手に降伏をせず死を選ぶ人物がいる。 今回の主役張任もそんな人間の一人だ。
黄忠と共に老将コンビを組んでいるイメージの強い厳顔 南宋末期の名将文天祥の詩にも歌われる蜀漢の将厳顔について見て行こう!
「俺は張飛だぁ!文句のあるやつはかかってこい!文句のない奴もかかってこい!」 三国志に出てくる人物の中で、本場中国では張飛が一番人気があるらしい。 三国志を書いた陳寿が元々蜀の出身だったこともあり、三国志の話は古来より漢王朝の末裔である劉備…
荀彧は三国志に出てくるキャラクターの中でも特に人気が高い人物で、特に三国志に注をつけた裴松之からは絶賛されている。 ちなみに裴松之とか注とか何のことかと思う人もいるかも知れないので少し触れると、三国志というのは晋の時代を生きた陳寿という人が…
三国志人気投票があったらきっと上位には来ないであろう三国志屈指の名軍師「賈詡(かく)」 彼の不人気の理由はいくつかあるが、1番はやはり主君を5回も変えたことだろう。 俺の知っている限り賈詡ほど主君を変えた人間もいないし、その主君達がそろいもそ…