アメリカ史上最も人気のない大統領!第15代ジェームズ・ブキャナン

アメリカ人も日本人に負けず劣らずランキング好きで、なんでもかんでも人気ランキングをつけたがるのだが、その中でも歴代大統領の人気ランキングはとても人々の興味をかきたてるものとなっている。

1位は本当に割れるらしい。フランクリン・ルーズベルト、セオドア・ルーズベルト、リンカーン、ケネディ、ジョージ・ワシントンなど、票はいつも割れる。

一方最下位はいつも決まっている。ジェームズ・ブキャナンである。

 凡庸なアメリカ大統領としての経歴

f:id:myworldhistoryblog:20190822211319j:plain

ブキャナンの生きた時代はアメリカの歴史において最も混乱が激しかった時代であった。工業化した北部と綿花栽培を主とする南部の亀裂は決定的となり、保護貿易か自由貿易か、奴隷制は禁止か存続か、もはやアメリカは2つに分裂しようとしていた。

そのような混乱を治める能力を、ブキャナンはもっていなかった。

ジェームズ・ブキャナンは大統領経験者にしては史上初にして唯一のペンシルベニア州出身で、両親はスコットランド、アイルランド出身の移民であった。暮らし向きは裕福であったが、兄弟たちは皆早死にしてしまう。

無事に育ったブキャナンはペンシルバニア州のディッキンソン大学に行き、これを優秀な成績で卒業すると弁護士となった。支持政党は連邦党で、米英戦争などにも参加している。

やがてペンシルベニア州の代表議員になると4選し、アンドリュー・ジャクソン内閣においてはロシア大臣を、ポーク内閣では国務長官を経験するにいたる。

www.myworldhistoryblog.com

www.myworldhistoryblog.com

この間に結婚する予定であったが、婚約者が突然亡くなってしまい、以後ブキャナンは独身を通し、アメリカ史上唯一未婚のまま生涯を終えた大統領となった。

ポーク大統領後は駐英大使となり、1856年には第15代アメリカ大統領となる。

あらゆる受難

ジェームズ・ブキャナンは個人としてみれば決して無能ではなく、かなり優秀な部類に入るのだろう。

そういうことはよくある。ルイ16世が個人としては有能よりなのに国王としてはフランス歴代で最も無能であったように、ブキャナンも歴代で最も無能な大統領となってしまったのは、国内の恐慌をどうしようもできなかったことと、アメリカ史上最悪の戦争である南北戦争を引き起こしてしまったからであろう。

恐慌の原因はクリミア戦争であった。

元々はロシアとオスマントルコの間に起きた戦争であったが、これにフランスやイギリスが介入し、欧州市場で小麦粉の値段が高騰、世界的な恐慌状態になってしまった。世界史でいう1857年の恐慌であった。アメリカにおいてもこの打撃をモロに受け、ブキャナンは結局これをどうすることも出来なかった。

これに関して言えばブキャナンが悪かった訳ではなく、鉄道を始めとした過剰な設備投資やゴールドラッシュの終焉、金融関係会社の連鎖的な倒産などアメリカは成長のツケを払わされた形となった訳だが、それでもブキャナンが何もできなかったという事実は覆らない。

そしてもう一つ、アメリカ合衆国が南北に分裂するのも止められなかった。

ジェームズ・ブキャナン自体は民主党から出た大統領であり、基本的には南部よりの大統領である。しかしブキャナンの立ち位置ははっきりしなかった。結局奴隷制を支持するのかしないのか、曖昧なままに1860年南部諸州がアメリカ合衆国を離脱、新たにアメリカ連合国が建国されてしまうのであった。

ブキャナンは常に南北の板挟みで、なんとか妥協案を見つけようとしつつ結局はなにも見つからず、シヴィルウォー(内戦)という最悪な形になってしまう。

世界的に見れば第二次世界大戦こそが歴史上最悪の戦争であるが、アメリカに限ってみれば死亡率は南北戦争の方が高く、おおよそ10倍弱近くの割合でアメリカ国民の死亡率が高かったという。

南北戦争はジェームズ・ブキャナンのせいで起こった訳ではないが、アメリカ国民がその原因を求める時に、やはりジェームズ・ブキャナンに原因を求めるのはいたしかたのないことであろう。

ブキャナンには動乱をおさめる力はなかった。仮にあらゆる角度から見て評価しても、それは揺るがないであろう。